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2011-03-19

3月11日

地震から8日。やっと少し生活も落ち着いたので、忘れないうちに書いておこうと思います。

3月11日金曜日

午前中はいつもとかわらない、穏やかな日でした。
昼ご飯を食べてから娘と一緒に昼寝。

午後2時位
目が覚めてオムツを替えてから授乳。

午後2時半位
その後、娘が二度寝に入ったのでベビーベットに置き、洗濯物をたたみながら
「どれくらい寝るかなー、少し早いけど、寝てておとなしいうちに車に乗っけて息子の学童お迎え行っちゃおうかな…」

とか考えていたら

窓ガラスがカタカタと揺れはじめ、そのままガタガタガタと音がどんどん大きくなり、床全体がグラグラと大きく横に揺れはじめる。

息子がお腹にいたときに、震度4強の地震を経験していたので、何となく「やばい!次大きいのが来る!」と思い、寝ている娘をブランケットにくるんで抱き抱え、とりあえずテーブルの下に避難。
テーブルの下から部屋の中をのぞくと、金魚の水槽の水がチャプンとはねてはいるが物は落ちていない様子。

揺れつつも頭の中で火の元チェック、揺れが少しおさまったすきに娘を抱えたまま窓を開け上着を羽織って大きな揺れに備えて玄関に避難。(うちは構造上、落ちてくるものもないので玄関が一番安全)

大きな横揺れがまた来たので、膝を抱えて娘をガード。時計を見て「この時間だと学童のお迎えバスの中か、学童に着いたころだな。大丈夫、大人と一緒にいる。」と息子の行動確認。
棚から本がバサバサっと落ちた音がする。外から、市の広報の災害放送とサイレンが聞こえ始める。

午後3時位
揺れがおさまったので、部屋に戻る。本が数冊落ちたもののさほど被害はない。
テレビをつけて震度を見ようとしたら、宮城県の亘理が津波にのまれていく様子がリアルタイムで中継…
「わたり?震源東北なの?なに?どんだけ大きな地震なの?」としばし呆然。携帯の着信音で我に帰る。

電話、旦那から「大丈夫?息子のお迎え少し待ってから行った方がいい。信号動いていないかもしれないし、余震まだ来るから」と心配される。

幸い娘がぐっすり寝ていたので、そのまま家で30分ほど待機。
学童に電話をするも、ずっと電波が混線してつながらず、心配なので迎えに行くことにする。

午後4時半位
まだまだ寝ている娘に上着をはおらせてそのまま車に乗せ出発。
学童までの道の途中、再び余震。さほど強くはないが一応近くのコンビニ駐車場に車を止め五分ほど待機。
揺れが収まってから再び出発。

いつもなら車で15分程度。しかしこの日はスピードを落としていたのと渋滞もあり30分以上かかって学童に到着。

息子、無事回収。学童のスタッフと少し話をして、起きちゃった娘のオムツを替えて帰路へ。

午後5時過ぎ
息子は学童のバスの中で地震にあったとのこと。
「次の子のお迎えで○○小学校の駐車場で先生と待ってたときにすっごいゆれて、船酔いしたみたいに気持ち悪くなった!」と興奮気味に話していた。

道路、帰宅ラッシュと地震で待機していた車の出始めが重なり渋滞。学童を出てから20分たつがまだ帰路の半分くらいしか進まない。
最寄りのホームセンターに一旦駐車。娘に授乳、息子にも持参したおやつを与え再び出発。

車の中で携帯が鳴るが、でられないので息子に出てもらう。
旦那から、自転車で帰りすでに家に着いているとのこと。会社で家族の安否確認令が出た模様。

午後6時近く
ようやく家に到着。旦那、駐車場まで下りて来てくれる。

この辺までははっきりと覚えていますが、この後は旦那がいてくれたことで安心して力が抜けてしまったのと、テレビでみた震災・津波による地元東北の被害の衝撃が大きかったこと、夜中続いた余震の影響で気が張っていて無意識で行動していたので…ぼんやりとしか覚えていません。

気持ちの面や地元の事、もう少し落ち着いたらまた書きます。
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とにもかくにもご無事で良かったです。
赤ちゃんが居る身での今回の震災等々は大変だと思います。。。

東北の被害が本当に酷くて、言葉を失います。。。早く事態が収集して、少しでもみんなが前を向いて歩いて行ける事だけを祈っています。。。
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